【内定を取り消された場合の対応マニュアル】
最近気温も暖かくなり、春の訪れを感じる頃となりましたが、この時期に街中でよく見るのが、リクルートスーツを身にまとった就職活動をしている学生です。
私自身も15年も前なりますが、実際に就職活動をして面接で落とされたり、企業から内定をもらったりして、一喜一憂した思い出があります。
私自身の就職活動時期というのは、ちょうど就職氷河期(1993年~2005年)が終わる2005年であり、ロストジェネレーション世代という風に揶揄されてますが、そういう意味では非常に厳しい就職活動時期を乗り越えたというところで、今ではタフに生きることができたという風に思ってます。(社会人になればこの程度の不条理は当たり前ですし、それにどう対策をしていくのかが重要です)
さて今回その就職活動に影響しているのが、政府によるコロナの拡散防止対策です。この対策によって、様々な要請が企業や自治体に求められており、その要請によって活動が自粛され、経済発展に甚大な影響を及ぼしていることから、 経営が悪化した企業が学生への内定を取り消すという問題が起きています。
内定を取り消すと言われると、どうしても立場の弱い学生なので諦めざるを得ないと思う方もいらっしゃると思いますが、本来は「求人中の企業」と「求職中の学生」は対等な立場なので、お互いのマッチングによって内定が決まるという原則論にかえって、一旦立ち止まったうえで、内定を取り消すと言われた場合にどのような対処方法がいいのかを考えてみましょう。
労働者とは使用者と労働契約を締結している人であり、使用者の指揮命令下のもとに労務の提供を行い、賃金を得ている人のことを言います。よって採用内定者は、内定をもらった時点では使用者の指揮命令下にも入っておらず、賃金を得ていることにもならないため、労働者には該当しないことになります。
なお内定取り消しの問題が発生する場合、解雇の問題と混合されがちですが、 「解雇」というのは 既に使用従属関係が成立している使用者と労働者の関係を、使用者の一方的な意思により解消するということであるから、 内定取り消しとは本質が異なるので注意が必要です。
では採用内定者は労働者ではないことから、企業の一方的な都合による内定取り消しは認められてしまうのか?
まずは企業と採用内定者の関係から整理していきましょう!
法律上の学説はいくつかありますが、裁判において一般的には、企業による募集=契約申込の誘引、学生の応募もしくは採用試験受験=契約の申し込み、採用内定=企業による契約の了承、として、 採用内定通知を出した段階で『始期付・解約権留保付 労働契約』が成立しているとの考え方を採用しています。
・「始期付き」とは・・・例えば4月1日から就労してもらいますという就労始期を設定しているものを言います。
・「解約権留保付き」とは・・・「卒業する」「健康診断等の結果を踏まえ、就労に問題がない」等の条件を設定しているものを言います。
簡単に言えば、「4月1日から働きます(労働関係に入ります)」という労働契約を結ぶ一方で、学生側が卒業できなかったり、健康上の問題があり就労できない場合は、企業側はその労働契約を解約することができるということですが、労働契約を結んでいるもの同士として、法律上の関係は成立しているということになります。
最近では内定という手続き前に『内々定』という言葉が使われるようになりましたが、この点において内々定の段階で『始期付・解約権留保付 労働契約』が成立しているのか否かについては非常に難しい判断となります。
一般的に内々定とは「まだ採用が確定する前」の段階であり、企業としては採用予定通知としての意味合いが強く、 簡単に言えば「あなたを採用したいと考えてます」という意思表示に留まるものと解釈されます。
また、近年売り手市場ともいう風に言われていることから、企業としても優秀な人材を囲い込みたいという思いと、一度内定通知を出してしまうと労働契約という法律上の関係が成立してしまい、損害賠償トラブルが発生するというリスクを回避したいという思いとが交錯し、リスク回避をしながら企業側の意思表示を学生に伝える手段として内々定という言葉が採用されたというふうに考えられます。
内々定という段階では学生と企業とでは労働契約という法律上の関係が成立していないというのが前提となります。
通常の会社であれば、内定通知と共に「入社誓約書」や「内定誓約書」といった誓約書への署名・捺印を学生に対して求めるというのが一般的です。
先程述べた通り、内定の段階では解約権留保付の労働契約が発生するわけなので、誓約書の中ではこの解約権が行使できる(内定が取り消しできる)事由が具体的に記載されているので、確認しておくことが必要となります。
具体的な事由(例)
・履歴書に虚偽の記載がある場合
・大学を卒業できない場合
・健康診断の結果、 就労できないことが認められた場合
・会社の経営難等のやむを得ない事由がある場合
…etc
またケースとしては少ないですが、 誓約書の中にこの解約権の行使に関する具体的な事由が記載されてない場合については、 企業側から合理的な理由がなく内定を取り消された場合、 解約権留保付と言う言葉の解釈をめぐってトラブルに発生するケースもあるため、事前に企業側に確認しておくことが望ましいと思われます。
なお、原則論としては、誓約書に記載されているような具体的な事由に基づいて、内定を取り消すことについては、企業側と学生側において双方合意(契約)しているものとして、許されるべきものと解釈できます。
しかし、 日本従来の企業側の採用活動においては、新卒一括採用を前提としており、 また一旦採用されれば終身雇用制度や年功序列賃金に基づいて安定した雇用のもと、安定した収入を得ることができることから、学生側においては内定通知をもらい、内定誓約書に署名捺印をし企業に提出した段階で、企業側に雇用されることを期待し、また他社への就職活動を終了するのが一般的です。
よって過去の裁判では、企業側の都合(経営難などの理由)による内定取り消しの場合、学生側が受ける不利益が大きいことから、内定を取り消すことについて客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものでなければ許されないというふうに解釈されています。
なお、ここでは参考程度ですが、もし会社側の経営難などを理由に内定を取り消される場合については、通常の企業が労働者に対して行う人員整理解雇と同様の考え方となり、 以下の4つの要素に基づいて、その妥当性が判断されます。
内定を取り消された場合は、企業に対して内定取り消しを取り下げてもらうよう協議するか、諦めて他社への就職活動を再開するかという選択肢になるかと思いますが、通常内定通知は10月1日が多いですから、もしそれ以降の内定取り消しとなると他社への就職活動を行うことは事実上困難となりますので、企業に対して内定取り消しを取り下げてもらうよう協議するためには、以下の事実を確認をしたうえで、協議を進めていきましょう。
①企業から内定通知書面をもらっているか?
先述したとおり、「内々定」と「内定」とでは、労働契約という企業側との法律上の関係が有るか無いかで大きくことなってきますので、「内々定」のみでは企業側からも法律上の関係がないとのこと「誠に遺憾ではございますが・・・」との一言で終わります。
「内定」という文字が企業側から書面やメール等で受けっているかどうか確認してみましょう。もしなければこの時点で他社への就職活動へ切り替えた方が良いでしょう。
※なお内々定というのが言葉だけで、実質「内定」と同じレベルくらいに、企業に採用されると期待できる場合(例:他社への就職活動を中止するよう要請された場合、大学推薦を受けている場合…etc)は、内定と同等なものと解釈しても問題ないものと思われますが、事実認定が難しいケースもあり、一旦法律の専門家に相談することをお勧めします。
②内定誓約書または入社誓約書等の書面の取り交わしを行っているか?
内定通知書面を受けっているのであれば、次に内定誓約書等の書面の取り交わしを行っているか確認します。取り交わしを行っているのであれば、今回内定取り消しの理由が、内定誓約書(解約権行使の具体的事由)にも記載されているか確認します。
理由が記載されていて尚且つその理由が学生側にある場合は、協議の余地はないので、他社への就職活動へ切り替えましょう。逆にその理由が企業側にある場合は、その理由の妥当性について確認していくこととなります。
③企業側の理由が妥当かどうか?
経営難などの企業側の理由によるものの場合、企業サイドの内部事情によるところが多く、個人レベルで協議をした場合、そこまで企業側が詳細な理由までを開示することは非常に考えにくいと思われます。
ただし、企業サイドとしても、内定取り消しについては一定条件を満たしてしまうと厚生労働省によって企業名が公表されるというリスクがあり、また訴訟に発展した際に、採用内定者との協議内容(説明内容)は、その後裁判所が判断する内定取り消しの妥当性にも影響してくることから、まずは学生側も話し合いベースで企業側へ説明を求めていくことが望ましいと思われますし、企業側もトラブルを未然に防止したいでしょうから、まずは双方話し合いによって解決するのが最優先となります。
上記の事実確認を行ったとしても、内定取り消しという結論が変わらないのであれば、その企業を諦めるか、もしくは弁護士による交渉を検討しなくてはなりません。
ただし、ここまでの交渉のステージになると、企業側も経営難等の特段の事由があるケースが多いため、訴訟に発展する可能性が高くなります。
訴訟に発展すること自体が悪いことではありませんが、それなりの費用と時間がかかることは事実であり、また仮に訴訟において内定の取り消しが認められたとしても、経営難の会社にこのまま採用されるべきなのかは疑問が残るところであり、また採用されたとしても会社からはトラブル社員として見られたりと、その後の社会人生活に良い影響を及ぼすのかは、甚だ疑問が残るところです。
実際問題として、企業側はトラブルの拡大を防ぎたいとうふうに考えますし、上記の通り学生側も内定を取り消した会社に訴訟してまでに入社したいという風には考えないことから、ケースとしても概ね話し合いによる和解金の支払いをもって解決していくというのが、一番の近道だと考えます。(現実においても、訴訟までに発展せず、この和解金による解決で収束するケースが大半だと思われます)
就職活動とは企業と学生との双方のマッチングがあって初めて成り立つものであり、確かに内定の取り消しというのは決して好ましいとは言えませんが、未来ある学生の方については、内定を取り消した会社(過去)に対して争うよりは、自分のことを欲しいと思ってくれる会社(未来)を見つけることが、人生をより豊かにしてくれることでしょう。
就職活動とは文字通り「就職」であり「就社」ではないのです。
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